第二回江東区史跡巡り「深川と門前仲町」編【豊洲マガジン】

第二回 江東区史跡巡り「深川と門前仲町」編

こんにちは♪
まち なみこ です。
江東区には史跡がたくさんあります!
前回の第一回 江東区史跡巡り「深川と松尾芭蕉 」編に続いて、第二回史跡巡りはどこにしょうかな♪

そうだ!

第五回 深川七福神「富岡八幡宮」編で境内の史跡をいくつか巡ってみましたが、この周辺にはまだまだ史跡がたくさんあるので今回は富岡八幡宮から少し足を延ばして
深川と門前仲町 」
を巡りましょう♪

さて、富岡八幡宮の境内を後にして、最初に向かったのが『八幡堀遊歩道』
遠くに見えてますね。


富岡八幡宮の「木場の木遣り碑」や「角乗」の史跡のすぐ隣に位置しています。
遠くに赤い何かが見えますね。近付いてみましょう♪

「八幡橋」
ここには、鉄を主材料で作った日本最古の橋があります。

八幡橋は、まだまだ現役の橋!
渡ることもできるので渡ってみました♪

あ!橋の下に人力車!!

人力車のオブジェの傍に『八幡橋』の説明がありました。
この橋は1878年に今の中央区に架けられた橋を1929年に関東大震災の復興のシンボルとして、ここ富岡の地に移されたそうです。
なんと!国の重要文化財に指定されているようです。

そして、その先には

「旧新田橋」が展示されています。

案内看板発見!

ふむふむ。
どうやら、もともとは木場の大横川に架けられた橋新田清三郎医師が手掛けたそうです。

新田医師は大正時代に木場5丁目に病院を開業。
1932(昭和7)年に不慮の事故で亡くなった夫人の霊を慰める「橋供養」として、最初は「新船橋」と名付けられたそうですが、「木場の赤ひげ先生」として人望のあった新田医師への情からいつのまにやら「新田橋」と呼ばれるようになったとか。そして、2000(平成12)年に架け替えられ、ここでそっと余生を送っているようです。

ではでは、富岡八幡宮から再び門前仲町の駅に戻り、葛西橋通りへGO!
「伊能忠敬旧居跡」にたどり着きました!
1800年から1816年まで17年をかけ、日本全国を測量して『大日本沿海輿地全図』を完成させた人物ですね♪
1795年から1814年までこちらに居を構えて、ここを測量の原点としたそうです。測量旅行出発の時には必ず富岡八幡宮を参拝していたことから、ゆかりの地である富岡八幡宮に2001年に銅像が建てられました。

次は永代2丁目交差点に向かいましょう。

永代通りで発見!

「渋沢栄一宅跡」
新一万円札の人💴
日本の資本主義の生みの親でもあり、日本で最初の銀行(第一国立銀行)を創立したり、他にも銀行(現みずほ銀行)や東京ガス、帝国ホテルなど、500社を超える企業の設立や富岡製糸場や日本赤十字社の設立などにも大きく貢献された方だそうです。

デデン!

現在でもこの場所は、渋沢倉庫本社の立派なビルが建っています✨

さきほどの渋沢栄一宅跡から川を挟んだ向かいにも気になる気配が…
「佐久間象山砲術塾跡」がありました♪


佐久間象山は江戸時代後期の兵学者・思想家として有名です。
この地に象山が仕えた信州松代藩下屋敷があり、ここで象山は1850年7月~12月まで砲術を教えていたそうです。門下生に吉田松陰坂本龍馬勝海舟など、多くの有能な門下生がいたとのことです。

さらに永代通りを永代橋方面へテクテクと。
永代橋の手前から佐賀町へ入ります。

ここには「赤穂義士休息の地碑」がありました! 

赤穂義士といえば、忠臣蔵!!
「忠臣蔵」という名称は、この事件を基にした人形浄瑠璃・歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』の通称やこの事件を基にした様々な作品群の総称から来ているそうで、本来の事件を語る時は「赤穂事件」と呼ぶそうです。
西暦1703年1月30日(旧暦元禄15年…1702年12月14日)のできごとですね。
吉良邸に討ち入った赤穂浪士の一行が本懐を遂げて、一ツ目通りを引き上げる途中で乳熊(ちくま)屋味噌店に立ち寄り、甘酒の接待を受けて休息。そののちに、永代橋を渡って高輪泉岳寺へ向かったといわれています。この由来を記した碑が、1963年にここ乳熊ビルの入口に建立されました。

永代橋の脇から「隅田川テラス」という遊歩道があります。

ここウォーキングコースになっています👣
江戸時代、隅田川の吾妻橋より下流は大川と呼ばれ、船による流通や花火の文化など江戸庶民の生活に大きな役割を担っていました。

隅田川テラスを進んでいくと、隅田川大橋の先に東京スカツリーが!!
見通しが良くて、散歩をする足取りも軽やかです♪
「清洲橋」までこのまま歩いていきましょう。

「清洲橋」到着!

バックに「陸奥宗光宅跡」があります。

陸奥宗光は15歳で江戸に出て儒学を学び、尊王攘夷運動(そんのうじょういうんどう)に加わる中で、坂本龍馬と出会ったそうです。そして、勝海舟の設立した神戸の海軍操練所で学んだそうです。さらに坂本龍馬の亀山社中、海援隊のメンバーとして活躍したようです。
その後、外交官や第2次伊藤内閣の外務大臣として活躍します。日米和親条約締結から40年後の1894年に「日英通商航海条約」を締結し、治外法権の撤廃という不平等条約の一部改正を成功した人物です。この地からの隅田川の眺望が良かったので、当時の邸宅は「三叉水碧楼」と呼ばれていたそうです。

本日の門前仲町周辺の史跡巡りもいよいよ、ラストスパート!

メント工業発祥の地へやってきました!


現在も太平洋セメントの深川製造所があります。
ジャジャン!!!

当時のセメント使用したコンクリートブロック!
1894年製造!!
125年前…歴史を感じます。

トリを飾るのは建物の正面にいらっしゃる
「浅野総一郎」さんの銅像
です。

1872年に浅野総一郎さんがこの地を国から払い下げを受け、その後に民間初のセメント工場として発展したそうです。
そして、このセメント事業に一役買っていた人物が…

そうです。
渋沢栄一さん

国からの払い下げに際して、官民の仲介役を果たしたり、セメント事業の発展に多くの支援をされたようです。
ステキですね♪

さて、今回は門前仲町を中心に史跡を巡ってみました。
幕末から明治にかけては、まさに激動の日本だったみたいですね。その舞台裏には、ここ門前仲町は欠かせない存在のように感じました。
新紙幣の発行予定は2024年。
渋沢栄一ブームと共に、深川の注目度はうなぎのぼりになるかな?

次回の第三回史跡巡りは9月12日(木)予定です。
お楽しみに♪

―back number-
第一回「深川と松尾芭蕉 」編

まち なみこ

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